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HICE NEWS

2015年4月号よりHICE NEWSが全面フルカラーへと一新しました。日本語にルビをふり、部分的に英語とポルトガル語を併記しています。 英語、ポルトガル語の詳しい情報についてはホームページ、Facebookなどをさらに充実させていきますので、そちらをご利用ください。 年2回(9月と3月)はトピックスなども盛り込んだ特集号を発行しますのでお楽しみに!

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バックナンバー

HICE NEWS (2018.10)

アイルランドの妖精

今回はハロウィンにちなんで、アイルランドの伝説的な妖精を紹介したいと思います。

●Banshee/バンシー
バンシーはアイルランドの神話にでてくる女の妖精です。 死の予兆とされています。 人が亡くなると、バンシーがその死を知らせるために、泣き叫びます。また、人の死も予告すると言われています。 伝説によると、バンシーの泣き声が誰かの家の外から聞こえたら、その家族から近いうちに死者がでるとされます。 バンシーは、髪がくしゃくしゃで赤や緑の服を着ているおばあさんとしてよく描写されますが、美しい若い女性の姿をしているという話もあります。

●Dullahan/デュラハン
デュラハンはアイルランドに伝わる首のない姿をした妖精で、腕の下に自分の頭をかかえながら黒い馬に乗っています。デュラハンは脊髄から作られたムチも持っています。 よく男の姿をしていますが、女性の姿として描写されることもあります。バンシーのように人の死を予言する妖精です。 デュラハンが人の名前を呼ぶと、呼ばれた人はすぐ亡くなります。 デュラハンはだれにも止められず、どこでも行けます。 近寄ると、門や錠が開きます。 デュラハンは、人に見られることが嫌いで、また金を怖がるため、金貨やアクセサリーで追い払えると言われています。 デュラハンは様々なポップ・カルチャーでも見られます。 例えば、「デュラララ!!」という日本のライトノベルやアニメでは、盗まれた頭を探しながら池袋に住んでいるデュラハンのキャラクターが登場します。

●Leprechaun/レプラコーン
レプラコーンはアイルランドの神話のキャラクターの中で一番知られているかもしれません。レプラコーンは帽子をかぶって、コートを着て背が低くてひげを生やした男性として描写されることが多く、ほとんどの時間を靴作りについやします。 虹のたもとに金のつぼをかくしていて、いたずらが好きで、金のつぼを探している人をよく騙します。 伝説によると、もし人間がレプラコーンを捕
まえたら、解放と引き換えに三つの願いをかなえてくれるそうです。
もしアイルランドを訪ねる機会があれば、私の出身のダブリン市にあるレプラコーン博物館へ行ってみてください。 ここはレプラコーンだけではなく、アイルランドの神話の博物館でもあります! 最後に、アイルランド語で「またね!」という意味の言葉で終わりたいと思います ̶ スラン・ゴ・フォイル!

※CIRニュース2017.10月号より抜粋

浜松市国際交流員 ニッキー・カルロス

HICE NEWS (2018.09)

新しいCIRをご紹介します!!

8月よりHICEに新しいCIR(国際交流員)をお迎えしました。
イギリスからきたダニエル・フインさんです。
ダニエルさんに質問してみました。

●出身はどこですか?
イギリス、バーミンガム市出身です。 バーミンガムはウエストミッドランド州にある大きい都市で工業や運河で知られています。 バーミンガムはイギリスの真ん中に位置しているので交通は便利で浜松と同じように仕事や観光、何をするにもいい場所です。 私の家族は、祖父母は中国からベトナムに、両親はベトナムからイギリスに引っ越して今バーミンガムの郊外に住んでいます。 ぜひバーミンガムに行ってみてください。

●初めて日本に来たのはいつですか?
 なぜ日本をえらんだのですか?
2012年、友達と一緒に初めて日本に来て東京や大阪を観光しましたが、その前から日本に興味を持っていました。 子供の頃から剣や剣術が好きで、映画のなかの侍は、特に一番好きでした。 それから日本の魅力に気づいて日本語や日本の文化を勉強し始めました。 来日以来、日本での生活を楽しんでいます。

●日本語はどこで勉強しましたか?
セントラルランカシャー大学(UCLAN)で勉強してきました。 UCLANはプレストンいう町にある大学でイギリスの北の方にあり、周りに自然が多い所です。 有名な湖水地方やブラックプールなどに近いです。

●趣味はなんですか?
趣味はいくつかあります。 居合道や囲碁、映画、音楽などです。 居合道は今年の始めからあまり稽古していませんが、浜松居合道研修会に参加したいと思います。

●将来の夢はなんですか?
日本語を上達してペラペラに話せるようになりたいです。 それに加えて経験を重ねたいです。

●浜松のみなさんに一言ご挨拶をお願いします。
浜松の皆様、はじめまして。 新しいCIRのダニエル・フインです。 8月に着任いたしましたので分からないことばかりですが頑張ります。 これからお世話になります。 ぜひ私と話してください(日本語でも英語でもいいです)。 どうぞよろしくお願いします。

HICE NEWS (2018.06)

日本ブラジル移民110周年によせて
「クリスチーナさんとおじいちゃんの日記」

 「これは、私のおじいちゃんの日記です」
1994年に来日した日系三世の柳澤クリスチーナさんが見せてくれたのは、鶴の柄のふろしきに包まれた色あせた茶色の日記。 表紙に「RECORDAÇÕES」(ポルトガル語で「記録」)の文字があります。 中を開くと、ブラジルの古い切手や写真とともに、日本語の端正な文字でまず家系図が書いてあります。 クリスチーナさんのおじいさんは鹿児島県出身、おばあさんは北海道出身。 その2人の写真と、2人が結婚したというポルトガル語の新聞記事が貼り付けてあります。 そして、クリスチーナさんのお父さんにあたる長男の勲さんが生まれたときの写真、いただいたお祝いの記録、身長や体重などの成長の記録とともに日々の様子が綴られています。 写真の中の勲さんはどんどん大きくなり、途中で妹たちが生まれ、勲さんからお母さんあてのカタカナの手紙の下書きもあります。 そして、最後にはおじいさんの日記を引き継いでポルトガル語で勲さんが日記を数枚書いて終わっています。
 おじいさんの日記は何冊もあったようですが、誰も日本語が読めなくて捨ててしまったそうです。 そして、この1冊だけを写真がたくさん貼ってあるからとおばさんが日本に来ていたクリスチーナさんに送ってくれたといいます。「この日記が私の手元に届いたということは、おじいちゃんからのメッセージを感じるし、何か私にミッションがあるということだと思うんです」とクリスチーナさん。「 私は幼い頃家でおじいちゃんたちと日本語だけで話していましたが、学校にあがるとポルトガル語を話すようになり、友だちの前でおじいちゃんに日本語で話しかけられるのがはずかしくて、おじいちゃんに『日本語で話さないで』と言いました」その後、おじいちゃんはポルトガル語も勉強してある程度話せるようになったそうです。「 でも、おじいちゃんが亡くなるときは、私の手を握って、『ありがとう』とか『いい子だね』などずっと日本語で話しかけたんです。 そのとき、私は、おじいちゃんはポルトガル語も分かるのになぜ日本語で話しかけるんだろうと不思議に思っていました。 でも、今は分かります。 日本語はおじいちゃんにとって魂の言葉、つまり、自分の本当の思いを表すことのできる言葉だったんですね。 だから、今、私は逆に自分の子どもたちに自分の魂の言葉であるポルトガル語を忘れないでほしいと思います。」
 そして、クリスチーナさんには一つの思いがあります。「 この日記をポルトガル語に翻訳して、父に読んでもらいたい。 しかも、翻訳するためには、昔の日本語を解読しなくてはいけないから、絶対に日本人の助けが必要です。 だから、私一人で翻訳するのではなく、誰か日本人の方と協力し合って翻訳する、そのことで日本人の方も移民の歴史を知ることができるし、お互い交流して本当に理解し合うことができると思うんです。 この日記を翻訳することで本当の国際交流、異文化理解につながると思っています。 それが私のミッションなんだと思います」クリスチーナさんの思いがかなうことを願います。

HICE NEWS (2018.05)

アメリカへの扉

 アメリカは移民の国です。 いろいろな政策があるものの、年間約100万人の移民を迎え入れ、その上約8万人の難民も迎え入れています。 4人に1人は一世か二世の移民です。 アメリカへの扉と言われている名所が二つあります。 一つは東海岸のニューヨーク港の入り口に立っている自由の女神像で、もう一つは西海岸のサンフランシスコ港の入り口に架かるゴールデン・ゲート・ブリッジです。
 自由の女神像の正式名称は「世界を啓発する自由」で、ニューヨーク港のリバティ島にあり、台座を含めての高さは93メートルです。 像はアメリカ独立戦争時の仏米同盟と南北戦争後の奴隷制度廃止を記念するため、フランスの民衆から友情の証としてアメリカへ送られたものです。 入港する人を歓迎するように設置されたので、初めて女神像を見たとき、感動したという移民の話は多くあります。 移民にとって、女神像のたいまつは啓発の光というより、アメリカへの歓迎の光だったので、移民の希望としてのイメージが定着しました。
 一方、ゴールデン・ゲート・ブリッジは全長2.7キロメートルで、サンフランシスコ港の出入り口というゴールデン・ゲート海峡に架かっています。 しかし、サンフランシスコ港から入国した移民の多くは橋が完成された1937年より前に入国したので、女神像ほど移民を強く連想しません。 それでもやはり中国から来たある移民が橋の50周年記念に言ったように、移民の受け入れを象徴しています。 つまり、「橋は太平洋に架かかっており、ある意味では移民に対して開かれている門を象徴しています。 中国人にとっての新しいシルクロードとも言いたいくらいです。」
 これらは両方ともアメリカの大きな港にあります。 自由の女神像は欧州の移民のために導きの光を照らし、ゴールデン・ゲート・ブリッジはアジアの移民に対して太平洋に架ける橋を象徴しました。 人目を引く外見で本当にアメリカに着いたということを実感し、新しい国で成功するために頑張ろうという気持ちを与えてくれました。 ニューヨーク港とサンフランシスコ港は今はもうアメリカへ入国する時の主要な扉ではありませんが、いまだに像も橋も見る者に希望ややる気を与えてくれます。

浜松市国際交流員 スティーブン・サワディセービ

CIRニュースより抜粋

※6月10日(日)の「世界のE-文化!!」は、スティーブンがアメリカについてお話しします。

HICE NEWS (2018.04)

外国人市民が調べてみました! 日本で気になるあのこと
「どうして日本人は時間を守るの?」

 3月5日(月)、U-ToC日本語教室実践クラスでは、日本の生活の中で、気になったことや不思議に思ったことなどを日本人にアンケート調査し、その結果を発表しました。 フィリピン出身者が調べたテーマは「どうして日本では時間を守るの?」ということ。 日本に暮らす家族のもとに来て、「日本では時間を守らなければいけない」と諭され、とても驚き、疑問に思ったそうです。 フィリピンでは待ち合わせをしたら、1~2時間待たせるのは当たり前で、遅れても簡単に謝ればそれで終わりなんですって! 日本人へのアンケートで、時間に遅れてもいいと考えている人が1人も
いなかったのは、予想もしていなかった結果だったそう。
日本とフィリピンでは時間の感覚が違うことを知らないと
お互いに戸惑ってしまいますね。
 発表者は日本人が時間を守るのは相手への配慮があるからと考え、その考えをフィリピンの友人にも伝えていきたいと言っていました。 相手の国の文化で気づいていないことはたくさんありますので、まずは相手の考えについて耳を傾けることが大切ですね。

HICE NEWS (2018.03)

HICE設立35周年記念事業 
日本⇔ブラジル 「移民」そして「デカセギ」の奇跡

 2月6日(火)から11日(日)までクリエート浜松のギャラリー35において、日本からブラジルへの移民の歴史を振り返るパネル展及び、1990年代のブラジルから日本へのデカセギの歴史を振り
返る写真展を行いました。 期間中約900人が会場を訪れ、じっく
りと作品に見入っていました。
 横浜の海外移住資料館のコーナーでは、ブラジル移民に関するパネル展や日本人が生産したジュート(麻)、綿花など実物の展示、日系移民へのインタビューのDVD上映も行いました。
 日本国際協力機構JICAの日系社会シニア・ボランティアとしてマナウス市(ブラジル・アマゾナス州)にて日本語教師として活躍した浜松市出身の鶴田俊美さん作の「マンガでわかる移民の話」はパネル31枚の大作で、読みごたえたっぷり。 ポルトガル語翻訳も展示し、より充実したものとなり、分かりやすいと大好評でした。

 写真家マエダ・ジュニオルさんの写真展では、90年代のブラジ
ルから日本へのデカセギ者の日常生活をモノクロの写真で表
現。 スマートフォンなどなくテレホンカードを握りしめて国際電話のできる公衆電話に並ぶ姿やブラジルのソーセージ(リングイッサ)をフライパンで焼くときに煙を外へ逃がすためにアパートの扉
を開けて調理をしている姿など、当時の生活の苦労や喜びを、若
いブラジル人世代に伝えたいというマエダさんの思いがつまって
いました。

 「県外から浜松に来て、ブラジル人の多さに驚いたが、今回歴
史背景を知り、感慨深かった。」「写真の説明が詩的で彼らの夢
も感じることができた」という感想や、ブラジル人の方から「日本からブラジルへ移民した曽祖父の歴史、そしてブラジルから日本に
来た私たち親世代の歴史の両方を子どもに伝えることができた」
という声も聞かれました。
 2018年は日本からブラジルへの移民110周年の年にあたりま
す。 これを機に、移民とデカセギの軌跡や多くの人々の歩みを振
り返り、そのような人々の思いを受け止めながらこれからの多文
化共生社会について考えていくことができました。

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