6歳までペルーと日本を行ったり来たり
文化の違いを認識しながら過ごした幼少時代
南米大陸の北西の太平洋に面したペルー共和国。インカ帝国の遺跡として有名なマチュピチュやナスカの地上絵など、ユネスコ世界遺産に登録された観光資源がたくさんある国です。多様な民族が暮らすペルーではスペイン語が公用語として使われていますが、先住民が使う固有言語も数多くあります。今回お話を伺わせていただいた南咲空さんはペルー人の父と日系人の母との間に生まれ、6歳まで日本とペルーを行き来しながら生活をしていたそうです。日本とペルーの文化の違いを意識しながら両国の幼稚園で過ごしていたという南さんに、ペルー時代について伺いました。
(聞き手 三井忍) / 写真提供:本人 ※インタビュー時期:2025年8月
ペルーについて教えてください
首都リマは都会で何でもそろっていて暮らしに不自由がない街でした。空気が乾燥する時期もありますが、一年を通して温暖な気候で過ごしやすかったです。治安の面では不安な部分もあり、一人で留守番をすることがないように母が外出時は必ず誰かが面倒をみてくれる環境でした。ペルー人は家族のつながりを大切する人たちが多く、記念日には大人数でパーティーを開き、踊って歌うことが大好きな人たちが多い印象があります。
美味しいペルー料理を教えてください
美味しい料理がたくさんありますが、牛肉と野菜を炒めた料理の「ロモ・サルタード」はとても美味しいです。魚介類のマリネ「セビーチェ」も有名です。柑橘系果実の果汁を使ったさわやかな味が特徴です。ペルーの国民的スイーツと言えば「ピカロネス」。カボチャやサツマイモ、ジャガイモを多く用いてつくるドーナツの形をしたおやつです。浜松にもペルー料理店があるので故郷の味が食べたくなるとペルー料理屋さんに足を運びます。ぜひ皆さんにも食べてもらいたいペルー料理です。

お手製の「セビーチェ」
6歳までペルーと日本の幼稚園に通い文化の違いを感じたそうですね
日本の幼稚園は厳しくて冷たい印象で、ペルーの幼稚園はみんながフレンドリーで人に興味を持ってくれる印象がありました。勉強する場合もペルーでは遊び感覚で楽しく学んでいた記憶があります。
日本人とペルー人のコミュニケーションの取り方も全く違い、ペルーでOKなことが日本でNG、その逆のパターンもあり、先生に叱られて気づく感じでした。年数を重ねるうちに要領を覚え器用に使い分けをしていました。

民族衣装を着る南さん
浜松市内の高校卒業後に名古屋外国語大学に進んだ南咲空さん。大学卒業後は名古屋市内の外資系のIT企業に就職します。職場でダイバーシティ(年齢・性別・国籍・人種・価値観など)やジェンダーなどのテーマを学ぶ研修を企画したり、学生に向けた講話や多様性を生かした社会づくりのための情報発信を積極的に行っています。個人の活動としては、占星術を使って個人が持っている個性を強みに変えて自分自身の人生をしっかりと生きていけるようなヒントを多くの方に伝える活動もしています。
後半は現在の活動について聞きました。
多様性について学ぶ機会を提供
占星術をつかったライフコーチも
自分のルーツについてのエピソードを教えてください
小学生の頃に「となりの人の絵を描く」という授業がありました。日本人は絵の具などの「肌色」がぴったりと合う肌の色をしていますが、私は「小麦色」の肌をしているため、隣の子が困ってしまいました。当時、傷つくという感情はありませんでしたが、逆に「困らせてごめんなさい」と思う気持ちがありました。
小さい頃から容姿がみんなと違い目立つことが嫌だなと思うこともありましたが、自分のルーツを考える機会となったと思います。
多様性について学ぶ講演会や研修企画などを行っているそうですね
外資系のIT企業に勤めていますが、職場にも色々なルーツの方がいます。年齢、性別、国籍、人種や価値観など、多様性が重要な理由や受け入れる方法、理想的な多様性の社会について学びを深める研修会などを企画して開催しています。市内高校でも多様性を生かした社会づくりの大切さなどえを講話スタイルで伝えています。理解を深め、個々での「気づき」があることで、より良い社会になるようお手伝いをしています。
占星術を使ったライフコーチについて
個人が持っているものを強みに変えて自分の人生を自分らしく生きられるよう、占星術を使ってアドバイスをしています。情報過多な現代は周りと比べて自分は・・・と考えこんでしまう方も少なくありません。自分のしたいこと、やってみたいことに対して一歩踏み出せるように占いを通じてサポートしています。

浜松の良いところや印象いついて教えてください
浜松は海・川・湖・山がありバランスの良い地域だと思います。現在は仕事で名古屋にいることが多いですが、他の地域にいるからこそわかる浜松の良さは、やはり自然の多さと平和に暮らせる地域だと思います。あとは外国人にも優しい街という印象があります。
今後について聞かせてください
ワークショップやイベントを数多く開催して、外国にルーツのある、なし、に関わらずコミュニティを広げて色んな人に自分の経験を伝えていけるようにしていきたいと思います。外国にルーツがあることを嫌だと思った時期もありますが、母語のスペイン語が話せることが有益になっています。自分のコンプレックスや嫌なことも強みに変えられるような話も直接みなさんにお話しできる機会を作っていきたいと思います。
今後の活躍も楽しみにしています。本日はありがとうございました。
南咲空(Sara Minami)
1997年12月17日 日本生まれ
6歳まで日本とペルーを行き来する生活を送る
2016年浜松湖東高等学校卒業
2020年名古屋外国語大学卒業
大学卒業後は名古屋市内の外資系IT企業に就職 個人の活動として多様性を生かした社会づくりに関わり、講演会などを行っています。




